優しく肩を叩かれた。ひかりだった。
「呼んでるよ」
長いこと思索の世界にいたらしい。気が付くと菫も淳夫もいる。淳夫が呼んでいるらしい。わたしはヘッドホンを外してみんなのところへ行く。
「今日からのレッスンの説明をするぞ」淳夫は喋る。「今日はボーカルレッスンだ。明日はダンスレッスンで、明後日はビジュアルレッスン。そして明々後日は数学レッスンだ」
「数学レッスン?」菫は言った。
「ああ、数学アイドルだから数学力も磨かないとな」
「何をするんですか?」
「証明をするといいだろう。ほら、例のオイラーの等式も証明したことはないだろ?」
「確かに」
「しょ、証明……」ひかりは怯えた顔をしている。
「怯える必要はない。証明があるおかげで数学は絶対的真実になるんだからな」
「私にできるかな……」
「まぁ、オイラーの等式は高校では証明しないからな。そこは難しいのかもしれない」
証明。成り立つか成り立たないかわからない状態から、必ず成り立つ状態にしてくれるもの。オイラーの等式にも証明があるはず。でもそれを、わたしは知らない。
「数学レッスンは明々後日だ。今日のボーカルレッスンに集中するぞ」
「はい!」
みんなでボーカルレッスンをする場所に移動した。
まず最初に発声練習をすることになった。
ひかりの声は明るくのびやかな声。
菫の声はしっかりとした声。
わたしの声は……。
「大丈夫?美悠ちゃん」ひかりがわたしの様子をうかがっている。
「美悠、声を出すんだぞ」淳夫もわたしを見ている。
「あ、あー……」
わたしの声は弱い。あのときと同じだ。これでは上手に歌うなんて……。
「自信もって、美悠ちゃん」ひかりが励ましてくれた。
「そうだよ。美悠、かわいい声してるから」
菫のその発言は意外だった。わたしの声がかわいいと思ったことはなかった。
「アイドルの歌に必要なのはただ上手いだけじゃない。魅力も大事だ。だから美悠、安心していいぞ」
淳夫も応援してくれている。まだ自分の声に自信を持てないけれど、少し安心した。
この後もボーカルレッスンで発声を磨いていった。