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2-4 オイラーの等式

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箱星
著者
箱星
のんびり暮らしたい。

「受け取ったぞ。じゃあ俺はしばらく考えてくるから、お前らは好きに雑談でもしてろ」

私たちはユニット名をいくつか考え、案をプロデューサーに提出した。

「雑談のテーマは数式とかどうだ?その方が数学アイドルっぽいだろ?」

そう言い残し、プロデューサーは部屋を出た。数式の雑談とは、何だろう。

「……どうする?」私は話を切り出した。

「数式の雑談っていわれても……」ひかりも困惑していた。「美悠ちゃんならできるかもしれないけど」

するとさっきまでここにいたはずの美悠の姿がなかった。視線を移すとソファの近くにいた。どうやらヘッドホンを取りに行っていたらしい。

「美悠ちゃん」ひかりは美悠のもとに近づいた。「そういえばさっきも音楽聴いてたよね。どんな曲聴いてるの?」

「聴いてみる……?」美悠はヘッドホンを手渡した。

「ありがと」ひかりはヘッドホンを装着し、美悠が普段聴いているであろう曲を鑑賞した。

鑑賞を終え、ヘッドホンを返却したひかりは不思議な表情をしていた。

「こういう音楽が好きなんだ」

「好き……」

いったいどんな音楽なのだろうか。

「美悠ちゃん、せっかくだし一緒にお話しようよ。嫌だったら大丈夫だけど」

「わかった」

美悠は承諾して、私たち3人で雑談をすることになった。

「美悠ちゃん、何か数式トークできる?」ひかりは早速切り出した。

「数式トーク……?」

「ほら、この間やってたじゃん、世界一美しい数式って」

「オイラーの等式」

「たぶんそれ。どんなのだっけ」

美悠は紙に数式を書いた。

eiπ+1=0 e^{i\pi}+1=0

「うーん……、やっぱりよくわかんない」ひかりは難しい顔をしている。「π\pi3.143.14 でしょ?でもそれ以外は……」

e,i,πe,i,\pi、この3つが一つの数式の中にあるのが、美しい……」美悠は言った。

「美悠ちゃん、教えて」

「わかった」美悠の数式トークが始まる。「ee解析学で出てくる数。微分と関係してる……はず」

美悠は高校1年生だ。まだ微分は習っていないはず。私は補足する。

(ex)=ex(e^x)^{\prime}=e^x という式をみたすのが ee だよ。exe^x を微分しても exe^x になる」

「また数式が出てきた」ひかりはさらに困惑している様子だ。

「大雑把に言うと、時間がとても短いときに関数がどんな風に変化するかを調べるのが微分だよ」

「うーん……」

「微分の説明は長くなりそうだし、とりあえず先に進もうか。美悠、お願いしていい?」

「わかった」美悠は再開する。「π\pi幾何学に出てくる数」

「幾何学って図形のことでしょ?」ひかりは少し自信を取り戻した様子だ。

「うん。円と関係がある」

「それはわかるよ。で、ii は?」

ii代数学に出てくる数」

「ていうか、代数学とか解析学って何?」

「数学を大きく3つに分けたら、代数学、幾何学、解析学になる。もっと細かく分けることもできるし、交わりもあるけど……」

「数学の中に代数学とかがあるんだね」

「うん……。それで、ii は2乗したら 1-1 になる数。1\sqrt{-1} とも書く」

「2乗したら 1-1 になる?」ひかりは少し考えてからこう言った。「そんな数ある?」

「ない」美悠は即答した。

「ないの!?」

「実数にはない。だから、新しい数を考える」

これは複素数と言う、と私は補足した。

「よくわかんなくなってきた……。なんでそんなものを考えるの?」

「なんでだっけ……」

美悠もわからないようだ。確かに私も、どうして複素数があるのかまでは考えたことがないかもしれない。

「ま、まぁとりあえず、eeπ\piii があるのはわかったよ。それで?」

「この3つの数が、1つの数式の中にあるのが、オイラーの等式……」

私たちは改めて美悠の書いた数式を見る。

eiπ+1=0 e^{i\pi}+1=0

確かに1つの数式の中に e,i,πe,i,\pi がある。

「代数学の ii、幾何学の π\pi、解析学の ee、関係なさそうな3つの数が、1つの数式の中にある。だから、美しい数式って言われてる……」

私は e,i,πe,i,\pi のことは1つ1つは知っているつもりだった。でも、それらが関係していることは知らなかった。確かに不思議な数式だ。世界一美しい数式と呼ばれる理由が少しわかった気がする。

「私にはわからない」ひかりはわかってなさそうだ。「ee の右上に iπi\pi を書くのってどういう意味?」

それは指数、と言おうとしたけれど踏みとどまった。e3e^3 であれば e×e×ee\times e\times e のことだ。でも eiπe^{i\pi} とは?やはり私もわかっていなかったのかもしれない。

「それは……」

「お前ら!」

美悠が答えようとしたところで、プロデューサーが勢いよく帰ってきた。