月刊組合せ論 Natori は面白そうな組合せ論のトピックを紹介していく企画です。今回は組合せ論・対称関数論を中心に幅広く活躍するシューア多項式について語っていきます。
半標準タブロー
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ヤング図形のマスに正整数を書き込んだものであって
- 各行について広義単調増加
- 各列について狭義単調増加
となるものを半標準タブローといいます。
シューア多項式
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ヤング図形 λ 上の半標準タブローのうち、書き込まれた整数が n 以下であるもの全体からなる集合を SST(λ,n) とします。
SST((3,1),1) は空集合で、SST((3,1),2) は次の 3 つのタブローからなる集合です。
ここで x1,x2 という記号 (不定元) を導入して、タブローごとに 1 の個数だけ x1 をかけ、2 の個数だけ x2 をかけた単項式を作ります。上の例ではそれぞれ x13x2,x12x22,x1x23 となります。これらの和を
s(3,1)(x1,x2)=x13x2+x12x22+x1x23とします。このようにしてできる多項式をシューア多項式といいます。
一般にシューア多項式 sλ(x1,x2,…,xn) は次のように定義されます。T∈SST(λ,n) に対して、T に書き込まれた整数 i の個数を ci とするとき
sλ(x1,x2,…,xn)=T∈SST(λ,n)∑x1c1⋯xncnと定義します。ぜひ手ごろな例で計算してみましょう。
いくつか計算してみると、sλ が対称多項式となっていることに気づくと思います。定義からは非自明ですね。組合せ論的には Bender-Knuth involution というものを使えば証明できるらしいですが、今回は別の方法で証明しましょう。
代数的定義
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次の 2 つの行列式を考えます。
Δ1Δ2=det(x14x1x24x2)=det(x11x21)計算すると
Δ1Δ2=x14x2−x1x24=x1x2(x1−x2)(x12+x1x2+x22)=x1−x2となります。Δ1 は Δ2 で割り切れるので比を計算すると、Δ1/Δ2=x13x2+x12x22+x1x23 となります。これは上で計算した s(3,1)(x1,x2) と等しいです。
このように、シューア多項式は 2 つの行列式の比として定義することも可能です。α=(a1,a2,…,an) に対して Aα(x1,x2,…,xn)=det(xiaj) とおきます。δn=(n−1,n−2,…,1,0) とおき、λ+δn=(λ1+n−1,λ2+n−2,…,λn−1+1,λn) とするとき
Aδn(x1,x2,…,xn)Aλ+δn(x1,x2,…,xn)をシューア多項式の定義とすることもあります。2 つの定義が同値であることがわかれば、2 つの世界を行き来することで様々な性質がわかります。例えば、行列式の性質から xi と xj を入れ替えると Aα(x1,x2,…,xn) は −1 倍となるので、シューア多項式は分母分子で打ち消しあって不変となります。こちらの定義では対称多項式であることが簡単に示せます。
ヤコビ・トゥルーディ公式
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定義の同値性を示す鍵となるのが次のヤコビ・トゥルーディ公式です。
sλ(x1,…,xn)=det(hλi−i+j(x1,…,xn))ここで hk(x1,…,xn) は完全対称多項式で、次のように定義されます。
hk(x1,…,xn)=1≤i1≤i2≤⋯≤ik≤n∑xi1xi2⋯xikヤコビ・トゥルーディ公式の証明には LGV 公式を用います。LGV 公式については 2022 年 9 月号をご覧ください。
定理 (LGV): 条件「i1<i2,j1>j2 ならば ai1 から bj1 へのパスと ai2 から bj2 へのパスは必ず交わる」を仮定する。このとき
detM(a,b)=(P1,…,Pn)∑w(P1)⋯w(Pn)が成り立つ。ここで和は Pi が ai から bi へのパスでどの 2 つも互いに交わらないもの全体をわたる。
グラフを次のように構成します。V={(i,j)∈Z2∣1≤i≤(十分大きな値),1≤j≤n} とし、(i,j) から (i+1,j) に重み xj の辺を張り、(i,j) から (i,j+1) に重み 1 の辺を張ります。
このとき、∑P:(i,1)→(i+k,n)w(P)=hk(x) となります。
ai=(n+1−i,1),bi=(λi+n+1−i,n) (i=1,…,n) とおくと、LGV 公式の左辺は det(hλj−j+i)=det(hλi−i+j) になります。
パス Pi:ai→bi について w(Pi)=xj1⋯xjk (j1≤j2≤⋯≤jk) のとき、i 行目の数字を j1,…,jk としたタブローを作ります。パスが互いに交わらないことはタブローの列の狭義増加性に対応します。よってこれは半標準タブローです。逆に半標準タブローから互いに交わらないパスの組を復元できるので、LGV 公式の右辺は ∑T∈SST(λ,n)x1c1⋯xncn=sλ(x) となります。
これでヤコビ・トゥルーディ公式が示されました。
同値性の証明
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ai′=(n+1−i,i) とおくと、互いに交わらないパス Pi:ai→bi において ai から ai′ までまっすぐ上に進むことがわかります。よって始点を ai′ に変更しても影響なく、上の結果から detM(a′,b)=sλ(x) となります。
(i,j) から (i+1,j) への辺の重みを xj−xi+j に変更します。ただし xn+1=xn+2=⋯=0 とします。ai′ から bi へのパスにおいて影響はないので、引き続き detM(a′,b)=sλ(x) です。
ai′′=(1,i) とします。このとき M(a′′,b)=M(a′′,a′)M(a′,b) が成り立ちます。detM(a′′,a′)=∏i<j(xi−xj)=Aδn(x) となります。detM(a′′,b) を計算するために次の補題を用います。
P:(1,t)→(m,n)∑w(P)=(xt−xn+1)(xt−xn+2)⋯(xt−xm+n−1)これは m+n に関する帰納法でわかります。これより detM(a′′,b)=det(xiλj+n−j)=Aλ+δn(x) となります。よって sλ(x)=Aλ+δn(x)/Aδn(x) が得られ、シューア多項式の 2 つの定義が同値であることがわかりました。
おわりに
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シューア多項式の基本的な部分を解説しました。まだまだ面白い話題がいっぱいあるので、今後の号でも取り上げる予定です。
参考文献
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- Prasad, Amritanshu. An introduction to Schur polynomials. Grad. J. Math. 4, No. 2, 62-84 (2019).
- Xiong, Rui. Schur Polynomials through Lindström Gessel Viennot Lemma. arXiv. https://arxiv.org/abs/2003.09215