月刊組合せ論 Natori は面白そうな組合せ論のトピックを紹介していく企画です。今回はヤング図形好きなら外せない、フック長公式について深掘りしていきます。
フック長公式
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フック長公式は標準タブローの個数を数える公式です。標準タブローはヤング図形のマスに 1 から n までの正の整数を一回ずつ書き込んだもので、各行・各列について単調増加なものです。
フックとは、あるマスとその右・下にあるマスからなる集合です。
フック長公式によると、標準タブローの個数は
∏(i,j)∈λh(i,j)n!により求められます。ここで h(i,j) はフック長、すなわちフックに含まれるマスの個数です。λ を明示して hλ(i,j) と書くこともあります。すべてのマスについてフック長を計算し、その総積で n! を割った値が標準タブローの個数ということです。
以下ではフック長公式の証明をいくつか紹介します。1 つ目の証明のみ詳述し、残りは概略を述べるだけとします。
確率論的証明
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この証明が恐らくもっとも有名ではないでしょうか。
λ 上の標準タブローの個数を Dλ とおき、Fλ=∏(i,j)∈λh(i,j)n! とおきます。
λ の隅とは、右にも下にもマスがないようなマスをいいます。最大の数 n が書き込まれるのは隅です。この隅を削除するとサイズ n−1 の標準タブローが得られます。よって Dλ は次の漸化式を満たします。
Dλ=μ↗λ∑Dμここで μ↗λ は λ から隅を 1 個削除することで μ が得られることを表しています。このような μ 全体について和をとるという意味です。
λ=(1) のとき Dλ=Fλ=1 なので、Fλ が同じ漸化式
Fλ=μ↗λ∑Fμをみたすことを示せばよいです。この式を ∑FλFμ=1 と書き換えます。この式を確率的に解釈していきましょう。
ヤング図形 λ 上のフックウォークを定義します。
- まず λ のマスを一様ランダムに 1 つ選び、(x1,y1) とします。
- 次に (x1,y1) に関するフックから (x1,y1) を除いた集合が空でないとき、その中から一様ランダムにマスを 1 つ選び、(x2,y2) とします。
- これを繰り返します。
選んだマスを並べた (x1,y1),(x2,y2),…,(xk,yk) をフックウォークと呼びます。フックウォークの終点 (xk,yk) は隅となります。このとき次の命題が成り立ちます。
命題: 隅 (a,b) に対して、フックウォークの終点が (a,b) となる確率は FλFμ である。ここで μ は λ から (a,b) を除いた図形である。
必ず終点が隅になることから確率の総和は 1 なので、この命題から示すべき式が従います。
命題を証明します。(i,j) が隅 (a,b) と同じ行にも列にもないとき hλ(i,j)=hμ(i,j) であることに注意すると
FλFμ=n!/∏(i,j)∈λhλ(i,j)(n−1)!/∏(i,j)∈μhμ(i,j)=n1∏(i,j)∈μhμ(i,j)∏(i,j)∈λhλ(i,j)=n1i=1∏a−1hλ(i,b)−1hλ(i,b)j=1∏b−1hλ(a,j)−1hλ(a,j)=n1i=1∏a−1(1+hλ(i,b)−11)j=1∏b−1(1+hλ(a,j)−11)となります。展開すると
FλFμ=n1A⊆{1,…,a−1}∑B⊆{1,…,b−1}∑Q(A,B)Q(A,B)=i∈A∏hλ(i,b)−11j∈B∏hλ(a,j)−11となります。
ここで部分集合 A,B に対して、フックウォークの始点が (min(A∪{a}),min(B∪{b}))、終点が (a,b) になるという条件の下で、フックウォークの行番号の集合が A∪{a}、列番号の集合が B∪{b} になる条件付き確率を P(A,B) とします。P(A,B)=Q(A,B) を示せば命題が示されます。
∣A∣+∣B∣ に関する帰納法を用います。A または B が空集合のときは簡単にわかるので、そうでないとします。x1=minA,y1=minB とおきます。P(A,B)=hλ(x1,y1)−11(P(A∖{x1},B)+P(A,B∖{y1})) です。帰納法の仮定より
P(A∖{x1},B)=Q(A∖{x1},B)=i∈A∖{x1}∏hλ(i,b)−11j∈B∏hλ(a,j)−11=(hλ(x1,b)−1)Q(A,B)同様に
P(A,B∖{y1})=(hλ(a,y1)−1)Q(A,B)となるので
P(A,B)=hλ(x1,y1)−1hλ(x1,b)−1+hλ(a,y1)−1Q(A,B)=Q(A,B)となります。
全単射
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全単射を用いた証明がいくつかあります。Fλ を標準タブローの個数とします。分母を払って n!=Fλ∏(i,j)h(i,j) を示せばよいです。ここで a(i,j) を (i,j) より右にあるマスの個数、l(i,j) を (i,j) より下にあるマスの個数とすると、h(i,j)=a(i,j)+l(i,j)+1 となります。ゆえに −l(i,j) 以上 a(i,j) 以下の整数の個数は h(i,j) です。マス (i,j) に書かれている数が −l(i,j) 以上 a(i,j) 以下であるようなタブローをフックタブローと呼ぶことにします。
標準タブローの個数が Fλ、フックタブローの個数が ∏(i,j)h(i,j) であることから、標準タブローとフックタブローの組が順列と一対一対応することを示せばよいです。
詳しくは Sagan の教科書で解説されています。
表現論
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ヤング図形は対称群の表現論と深くかかわります。例えば対称群 Sn の既約表現はサイズ n のヤング図形と一対一に対応し、λ に対応する既約表現の次元は λ 上の標準タブローの個数と等しくなります。
フロベニウスの指標公式と呼ばれるものがあり、そこから証明することができるようです。『テンソル代数と表現論』を参照してください。
複素解析
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複素解析を用いた証明もあります。以下の文献で解説されています。
ヤング図形の組合せ論講義
幾何学
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幾何学な証明は
- Pak, Igor. Hook length formula and geometric combinatorics. Sémin. Lothar. Comb. 46, B46f, 13 p. (2001).
にあるようです。(読んでいないのでわかりません……)
おわりに
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今回はフック長公式の様々な証明を紹介しました。1 つの公式にいろいろな証明があるのは面白いですね。
今後も月刊組合せ論 Natori では様々なトピックを紹介予定なので、応援のほどよろしくお願いいたします。
参考文献
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- 池田岳. テンソル代数と表現論. 東京大学出版会. (2022).
- Romik, Dan. The surprising mathematics of longest increasing subsequences. Cambridge University Press. (2015).
- Sagan, Bruce E. The symmetric group. Representations, combinatorial algorithms, and symmetric functions. 2nd ed. Springer. (2001).