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【数学探究雑誌 Math 人】#004

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箱星
著者
箱星
のんびり暮らしたい。
目次

巻頭言
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Math 人 の更新は数か月間滞ってしまったが、この間にも AI 業界では大きな変化があった。その中でも GPT-5 の発表は大きなものだろう。しかし変化は必ずしもよい方向に向かうことを意味しない。実際 ChatGPT でも旧モデルである 4o に戻してほしいという声が利用者から巻き起こった。

そして AI 業界全体にも同じことが言えるのではないだろうか。AI が発展することは短期的には便利な面もあるが、長期的には人類に悪影響を与える可能性が高い。果たしてこのまま AI の開発競争を続けてよいのか。ぜひとも心にとどめておきたい。

探究 004
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今回の探究の起点は次のプレプリントとする。

  • Carl Lian, Saskia Solotko. Curves in projective space and RSK. arXiv:2508.19503

このサイトの読者はお気づきだろうが、筆者はヤング図形、特に RSK 対応が好きである。しかしプレプリントを眺めてみると、馴染みのない代数幾何の用語が並んでいる。一体どのような関係があるのだろうか。

早速、新しくなった ChatGPT に要約してもらう。

複素射影空間 Pr\mathbb{P}^r における Tevelev degree という幾何学的な量を組合せ論的に解釈することが目的のようだ。以前はシューベルトカルキュラスを用いた公式が知られていた。シューベルトカルキュラスもいつか探究したい。

特殊な場合には RSK 対応を用いて解釈できることが Gillespie–Reimer-Berg (2023) により知られていた。L-tableaux と呼ばれるものをタブローの組 (P,Q)(P,Q) に変換し、RSK 対応によりワードに変換するようだ。特別な場合には全単射になるが、一般の場合には単射にしかならない。そこで、ワードに制限を加えて全単射にしようということである。

まとめると、このプレプリントにおける流れは

  • Tevelev degree の紹介
  • L-tableaux との関わり
  • L-tableaux をタブローの組 (P,Q)(P,Q) に変換する
  • (P,Q)(P,Q) を RSK 対応によりワードにする

という感じだろう。次に詳しく見ていく。

Tevelev degree と L-tableaux
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CC を種数 gg の一般、滑らか、射影的代数曲線とする。点 p1,,pnC,x1,,xnPrp_1,\ldots,p_n\in C, x_1,\ldots,x_n\in\mathbb{P}^r を固定する。Tevelev degree Tevg,n,dPr\mathrm{Tev}^{\mathbb{P}^r}_{g,n,d} とは次数 dd の写像 f ⁣:CPrf\colon C\to\mathbb{P}^r であって、f(pi)=xif(p_i)=x_i をみたすものの個数である。写像の数え上げについては数え上げ幾何学という分野を聞いたことがある。これもいつか探究してみたい。

n=r+1rdg+1r+1n=\frac{r+1}{r}\cdot d-g+1\ge r+1 を仮定する。Brill-Noether 理論からくる仮定らしい。

L-tableaux とは長方形を 2 つに分けて赤と青のタブローにしたものである。赤・青それぞれに条件がある。正確には、(r+1)×(dr)(r+1)\times (d-r) の長方形において

  • 青い部分は r+1r+1 以下の正の整数 (dr)(r+1)rg(d-r)(r+1)-rg 個からなり、左上に詰められており、左から右に広義単調増加、上から下に狭義単調増加となる。これは通常の SSYT である。
  • 赤い部分は gg 以下の正の整数 rgrg 個からなり、各数はちょうど rr 個ずつ現れる。右下に詰められており、左から右に狭義単調減少、上から下に広義単調減少となる。回転・反転させることで SSYT となる。

Tevelev degree は条件を付けた L-tableaux の個数に等しいということがプレプリントの定理 2.6 に書かれている。詳しくは

  • C. Lian. Degenerations of complete collineations and geometric Tevelev degrees of Pr. J. Reine Angew. Math., 817:153-212, 2024.

を見るとよい。

カタラン数との関係
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プレプリントの末尾に、特殊な Tevelev degree はカタラン数に等しいという結果が載っている。Castelnuovo が 1889 年に示した結果らしく、その古さに驚いた。

r=1r=1 のとき、すなわち射影直線を考えるとき、ワードは二進列となり、ワードに課された条件は二進列を格子路と読み替えることである直線を跨がないという条件になる。さらに d=g2+1d=\frac{g}{2}+1 とするとおなじみの経路となり、個数がカタラン数になる。正確には

Tevg,3,g/2+1P1=Cg/2=1g/2+1(gg/2) \mathrm{Tev}^{\mathbb{P}_1}_{g,3,g/2+1}=C_{g/2}=\frac{1}{g/2+1}\binom{g}{g/2}

となる。このように、カタラン数は射影直線に埋め込まれる曲線の Tevelev degree の特別な場合として解釈できる。

昔の時代から組合せ論と代数幾何の関係が知られていることに驚くとともに、まだ知られていない秘密があるかもしれないと思った。

編集後記
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数え上げ幾何学は筆者の知っている数え上げ組合せ論とはあまり関係がなさそうと思っていたが、このような対応があると知って俄然興味が湧いてきた。

これとは別に、現在の LLM の実力を試すために筆者が修士時代に取り組んでいた問題を与えたことがある。修士時代に解けなかった問題を AI が解くということがなくてどこか安心感を覚えたが、修士で取り組むべき問題ではなかったかもしれないとも思った。

さらに実力を試すためには高度なモデルへアクセスするために課金する必要がある。働き始めたので不可能ではないのだが、生成 AI に対する嫌悪感もあるので、心が二つある状態だ。